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意拳の核心とも言える六面力の養成
意拳の特徴「站椿編」

站椿(たんとう)
 ここに意拳修行者が体験した一例を挙げてみよう。
 もろに顔面突きを食らうと思った瞬間、思ってもみないことが起きた。習ったことすらない受け技が自然に繰り出され、しっかりと相手を制していたのだ。何をどうしようと思ったわけではない。まったく無意識の動きである。


 この不思議な体験こそが意拳の鍛錬、站椿のもたらしたものだった。站椿とは、実は人間が本来持っている心身の能力を最大限に引き出すメソッド(鍛錬法)なのである。これは本来誰にでも備わっている反応力があらわれたのである。
 
意拳ではこうした自然の力を「渾元力」と呼んでいる。站椿とはこの渾元力を養う鍛錬法なのだ。静止状態で自分の内面と向かい合って意識と肉体を一致させる。なぜ動かないのかといえば、その方が脳、神経系を働かせることができるからなのだ。激しく体を動かしている時は脳もそのコントロールに忙殺されており、十分に内面、つまり意識や呼吸の状態、筋肉と神経系の繋がりなどを感じ取ることができない。その余裕を生むための必須条件が、リラックスした静止の状態なのである。
姚承光老師站椿写真

 そして、その過程で無意識レベルの反応力が鍛えられていく。手が勝手に動いたのは、実は不思議でも何でもない。もともと人間の中にある防御能力が站椿を続けた結果、活性化していたのである。その無意識レベルでの鍛錬に大きく関与するのが、イメージの積極的活用である。

 たとえば自分の身体を実際より大きくイメージしてみる。あるいは何か対象物を決め、それに対し攻撃的な意識を持つ。仮想敵は樹木や建物などなんでもよい。ただしそのものにとらわれてはいけない。「観の目」でその場の全体像を見ることだ。そして精神を澄ます。要は自然界に一体となって、対象物すらも自分の内にとり入れるのである。


    
六面力を導き育てる
 六面力とは上下・前後・左右の六方向へ張り出す、自分の中心から発している力のことだ。初心者はまず、イメージによって導き出す練習をする。站椿の状態で上下、前後そして左右の各方向に引き合う力がかかっていると思い浮かべるのである。

 つまり站椿で静止した状態とは、これらの力が釣り合った状態に他ならない。実はこれは人間の自然な状態なのである。前に手を伸ばそうとすれば、前方への力だけでなく必ず後方へも力が働きバランスを取っている。自覚しなくても働く自動制御機能が人間には備わっているのである。

 まずは静止状態でこの拮抗した力を探っていく訓練である。あくまで微妙な感覚なので、最初はイメージの力を借りるが、やがては実際に感じ取れるようになっていく。そうして体内に感じた力を微妙なレベルから序々に大きなものへと育て、実際の圧力・抵抗力として養成していく。こうして最終的にはその力、六面力を実際の闘いに使えるほどの段階、強さに高めていくのである。 

 上級者ともなればこの鍛錬で、強大な打撃を打ち出す寸前の臨界状態のまま立ち続けられるようになる。 まさにマグマが沸騰して噴火する寸前の状態である。 その力はいつでも放つことができる。一般的な格闘技ではパンチにしろ蹴りにしろ放つためにはいったんタメの動作を経過しなければならないが、六面力、そしてその発展形である渾元力を身に付けた者には不要である。 

意拳では立っている状態そのものが、すでにタメなのである。


姚承光老師技撃椿写真 姚承光老師技撃椿写真 姚承光老師技撃椿写真 姚承光老師技撃椿写真 


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